欧米・日本のチケット販売と顧客体験の違い
イントロダクション: アメリカでは高額転売やボット問題によるファンの不満が高まるなど混乱も見られます。ヨーロッパ(特にイギリス)はデジタル技術を活用した革新的な取り組みで公平性と利便性の向上を図っており、たとえば約90%のチケットがデジタル化され、不正防止のため公演直前までQRコード表示させない方法や動的バーコードが普及しています。日本では、業界は徹底した本人確認や法律による転売規制に重点を置いてきました。アメリカやヨーロッパのアプローチとユニークな事例をファン視点で比較します。
チケット購入プロセスとUXの地域差
購入体験の違い: アメリカやヨーロッパでは一般的にオンライン即時購入(先着順)が主流で、ファンは発売開始時刻に合わせてウェブやアプリで直接購入します。購入時には高負荷時のオンライン待機列が発生することもありますが、基本的には「購入ボタンをクリックするだけ」のシンプルな手続きです。一部プラットフォームでは座席の3Dビューをスマホ上で拡大表示できるなど、ユーザーエクスペリエンス向上の工夫も進んでいます。これに対し日本では、抽選(ロータリー)方式の前売り受付が広く行われています。人気公演ではまずファンクラブ先行やCD封入シリアルコード先行など複数段階の抽選応募があり、当選者だけが購入権を得る仕組みです。一般発売も先着販売が存在しますが、応募者多数の場合は即完売するため実質的に抽選になるケースが多く、海外ファンから見ると「日本のチケット購入は手順が複雑でまるでサイドクエストのようだ」といった声もあります(多数のサイトでの会員登録や当選後の支払い手続きが必要なため)。また日本では当選後、コンビニエンスストアの端末での操作、支払い、発券が必要なケースも多く、オンライン完結とは限りません。こうした違いから、購入までの手間や公平性確保の方法が地域で異なることがわかります。
デジタル発券の普及とファン体験への影響
紙チケット vs. 電子チケット: 北米・欧州では電子チケット(モバイルチケット)への移行がほぼ完了しており、紙のチケット郵送や窓口受取は減少しています。わかりやすい事例として、ニューヨークのヤンキースタジアムや、ニューヨーク・ジャイアンツの試合では、すべてのチケットがデジタル/モバイル専用で提供され、紙のチケットは発行されません。紙チケットは通常よりも2000-3000円の追加費用で手にすることができる”マニア向け商品”になっているようです。(参考文献 NPR)
例えばイギリスでは「販売の約90%がデジタル化」されており、公式アプリ内チケットやQRコード入場が一般的です。電子化により、チケットの即時配布や紛失防止、入場時のスムーズさが向上し、発券手数料や郵送コストの削減といったメリットも享受しています。一方、日本では紙のチケット文化が根強く残っています。大半のチケットは未だ紙で発券され、コンビニ受取が主流となっています。特に海外から来るファンには現地コンビニでの発券はハードルが高いため、日本主催者は公演当日の会場渡しなどで対応する例もあります。また、不正転売対策として日本では電子チケットの発券を遅らせる(公演直前までQRコードを表示しない)や本人確認機能も導入されつつあります。欧米でも不正防止のため、購入後すぐチケットを表示させず転売の機会を減らす発券を意図的に遅らせる方法や、スクリーンショット無効化の動的バーコードが一般化しています。これら技術により、デジタルチケットは利便性とセキュリティの両立を図り、ファンは安心してチケット管理・入場ができる環境が整いつつあります。
チケットリセール文化と高額転売への対策
米欧の市場原理 vs. 日本の厳格規制: チケットの転売(リセール)に対する姿勢も地域で大きく異なります。アメリカでは公式・非公式の二次流通市場が活発で、StubHubやTicketmasterのプラットフォーム上でスポーツや音楽あらゆるイベントのチケットが再販売されています。(”resale”と購入ボタン横に記載があります。)その結果、需要が高いイベントでは価格が高騰して「プラチナチケット化」する一方、需要が低ければ値下がりすることもあり、市場原理で価格が決定します。転売サイトの普及により「行けなくなった人がチケットを売れて、直前でもお金さえ払えば行きたい人がチケットを入手できる」という利便性向上の面も指摘されています。欧州でも基本的に市場原理に任せる国が多いものの、近年は転売価格の上限設定を自主的に導入する企業が出ています。イギリスでは法規制こそ未整備ながら、TicketSwapは転売価格を定価の120%までに制限しています。国によってその制限率も異なります。
- ・フランス, ポルトガル, ノルウェー, ベルギー: 最大 100%
- ・デンマーク, イタリア, ポーランド: 最大 105%
- ・オーストラリア: 最大 110%
- ・その他の国: 最大 120%
AXS、Ticketmaster、Eventimも定価保証のファン同士取引制度を設け始めました。これにより「フェアな価格でのチケット交換」をブランド価値として打ち出す動きがあります。
一方、日本では2019年施行の「チケット不正転売禁止法」により、営利目的の転売や定価以上での販売が明確に違法となっています。主催者公認の公式リセールサービス(チケプラの「チケトレ」等)では定価での譲渡のみ許可されています。さらに日本の人気公演では購入時に顔写真登録と身分証提示を組み合わせた顔認証システムが導入され、当選者本人以外の入場を厳しく制限する例もあります。この仕組みでは都合が悪くなっても家族・友人に譲ることさえできないため(同行者変更も厳格な条件下でのみ許容)、不正転売を抑止する代わりにファン側にも柔軟性の欠如という負担がかかります。総じて、アメリカは転売市場を容認しつつ公式プラットフォームで管理する方向、欧州は適正価格での転売を模索、日本は転売そのものを禁止・排除する方向と、アプローチが分かれています。それぞれファンにとって、行けなくなったチケットをさばける安心感や入手容易性と、適正価格で参加機会を得られる公平性とのバランスに違いが現れています。
ダイナミックプライシング(需要連動価格)導入の是非
価格設定の戦略: アメリカでは近年、チケットのダイナミックプライシング(需要に応じた価格変動)が話題となっています。Ticketmasterは「Official Platinum」と称し、需要の高いコンサートの一部座席を市場価格に連動した高値で販売する手法を導入しました。需要連動型の価格高騰に対して賛否が起きています(「その利益を転売屋ではなく公式が得てもよいではないか」という擁護意見もあり)。欧州でもダイナミックプライシング導入の動きはあり、特に航空業界やスポーツでは一般化しつつありますが、音楽ライブに関してはファン心理を考慮して慎重な姿勢が見られます。
これに対し、日本の音楽コンサート市場ではダイナミックプライシングは導入されていません。理由の一つは、日本ではコンサートツアーのチケット価格は発表時に一律に決定されるのが通例であるからです。ただし一部のスポーツ興行では席種による価格差や需要連動制を試す例も出始めています。ファン体験の観点では、ダイナミックプライシングは正規販売段階での高額化につながり得るため賛否があります。適正価格で広くファンに行き渡る公平性と、需要に見合った収益をアーティストや主催者が得る効率性とのトレードオフとも言えます。公演直前でも空きがある場合、定価よりも安く販売をしてお客様を呼ぶのも、ダイナミックプライシングの活用方法といえます。
チケット販売におけるCRM活用とパーソナライゼーション
データでファンを知る: 大規模なチケット販売企業は、顧客データの活用に注力しています。アメリカのTicketmasterは年間5億枚近い販売データとサイト訪問者の行動分析から、ユーザーごとに好みに合った公演をレコメンド表示するアルゴリズムや、興味に応じたコンテンツガイドを提供しています。またSalesforceなどのCRM(顧客管理)プラットフォームと連携し、リアルタイムマーケティングを実現しています。たとえば購入後には会場近くの駐車場情報や案内など役立つ情報を送付し、細やかなコミュニケーションを取っています。ヨーロッパでも同様に、音楽ストリーミングやSNSデータと連動したレコメンドが進んでいます。イギリス発のDICEというサービスではSpotifyやApple Musicと連携したパーソナライズ推薦機能を導入し、アプリ内売上の40%がこの機能経由になる成果を上げています。TicketmasterやEventbriteもTikTokやShazamとの提携を通じ、ユーザーの関心データをマーケティングに活かしています。
一方、日本の大手プレイガイド(e+、チケットぴあ、ローソンチケット等)は顧客データのオープンな活用に消極的だと言われます。現状、各社は独自にデータを抱え込み、外部連携もしないため、海外プロモーターからは「日本市場では顧客データにアクセスできず苦労する」と指摘されています。その代わり日本では、アーティスト公式のファンクラブが顧客管理システム的な役割を果たす傾向があります。ファンクラブ会員向けにメールや専用アプリで情報配信を行い、先行抽選や限定イベント招待などパーソナライズされた特典を提供することで、アーティストとファンの長期的な関係構築を図っています。欧米ではプラットフォーム主導のデータ活用が進むのに対し、日本ではファンクラブ主導の個別対応が中心という違いが見られます。
ファンエンゲージメントとロイヤルティ施策
年間を通じた関係づくり: チケット販売後も含めた顧客との強固な関係性構築施策は、スポーツ業界を中心に各地域で発展しています。北米ではプロスポーツチームがシーズンチケットホルダー向けのリワードプログラムを展開し、試合来場ごとにポイントを付与してグッズと交換できる制度や、イベント参加で特典を提供するロイヤルティマーケティングが一般化しています。またアリーナではチケット連携のスマホアプリで、来場チェックインや場内購入履歴に応じてクーポンを配布したり、ハーフタイム企画に参加できるなど、ファンの満足度向上に努めています。欧州でも同様に、ファンとのサッカークラブをはじめ多くのチームが公式アプリを接点にする施策を展開しています。たとえばベルギーのOHルーヴェン(OH Leuven)はモバイルアプリ上でチケット管理からキャッシュレス決済、ミニゲームやミッション挑戦によるポイント獲得まで統合し、ユーザーの94%がファンミッションに参加・97%がポイントを獲得するといった高いエンゲージメント率を記録しました。スペインのレアル・ソシエダは試合毎にマン・オブ・ザ・マッチ投票をアプリ内で行い、ファンがクラブ運営に参加している一体感を醸成しています。このようにゲーム感覚の要素(ゲーミフィケーション)やコミュニティ機能を取り入れることで、ファンの継続的な関与とロイヤルティ向上を図っています。
日本では伝統的に公式ファンクラブがロイヤルティ施策の中心でした。会員継続年数による優遇や、会員限定イベント・グッズ販売などでファンを繋ぎとめています。プロ野球やBリーグ(バスケ)でもファンクラブ来場ポイント制度が導入され、観戦数に応じた非売品グッズ交換などが行われています。しかし欧米に比べると、チケット購入プラットフォームや会場主導での横断的なポイント制度はまだ発展途上です。ファン一人ひとりの嗜好に合わせて楽しみ方を提案したり、頻繁な参加を報いる仕組みを作る点は、これから日本の公式ファンクラブやそれらに準じる組織が、強化していくポイントと言えるでしょう。
イベント連動アプリ・SNS活用による新たな体験
デジタルとライブの融合: 現代では、モバイルアプリやソーシャルメディアが欠かせません。欧米の大型フェスやスポーツイベントでは公式アプリを提供し、チケットと連携したマイスケジュール機能や会場マップ、ARを使った企画などで現地体験にデジタル要素を盛り込んでいます。たとえば米NFLのチームアプリでは、入場QRチケットを表示すると同時にスタジアム内で使えるクーポンや、選手のARフィルター撮影機能が現れ、来場の思い出をSNS共有できる仕掛けになっています。音楽フェスでも公式アプリ上でお気に入り出演者の通知やグッズ販売連携が行われ、ファンはイベント全体を手のひらでナビゲートできます。
またSNSを活用したチケットマーケティングも欧米で急速に進んでいます。TikTokで音楽がバズれば即チケット購入につながる時代を受け、TicketmasterやAXS、EventbriteはTikTokと提携してアプリ内から直接公式チケットが買える仕組みを導入しました。ユーザーはSNS上で見つけたライブ情報から離脱せずに購入でき、安全で便利だと評価されています。さらにイベント発見サービスDICEはSpotifyやApple Music上のリスニングデータから「あなたにおすすめの公演」を提示し、そのままチケット購入に誘導する取り組みを行っています。こうした音楽視聴プラットフォームとチケット販売の融合は新規ファン層の掘り起こしにも貢献しており、SNS上のトレンドがダイレクトに動員に結び付いています。
日本ではアーティストや主催者自身がTwitter(現X)やInstagram、TikTokでプロモーションを行うのが一般的ですが、プラットフォーム間のシームレスなチケット販売連携はまだ限定的です。LINE上でチケットを販売・受取できる「LINEチケット」などの試みも行われましたが(2018年~2022年までサービス提供)、大きな潮流とはなりませんでした。しかしSNS活用は日本でも重要性が増しており、たとえば音楽フェス「フジロック」では公式アプリとSNSを連動させ、参加者がハッシュタグ投稿すると抽選で特典が当たるキャンペーンを行うなどファン主導の情報拡散を促しています。今後は日本でも、グローバルで進む「発見から購入まで」のデジタル体験統合や、イベント参加者同士が交流できるコミュニティ機能の充実が期待されます。
日本では一般的でない海外のユニーク施策
新技術と新発想: 最後に、日本ではまだ一般的でないユニークな海外のマーケティング施策をいくつか紹介します。
・Verified Fan(事前登録制抽選販売): アメリカのTicketmasterが導入したボット対策付きの販売方法です。あらかじめファンに公式サイトで登録させ、抽選で選ばれた人だけに先行販売コードを配布することで、転売業者の一掃を狙います。実際、英歌手ハリー・スタイルズのツアーでは導入により「転売チケットが全体の5%未満に減少した」とされ、一定の効果が報告されています。一方で当選しなかった多数のファンにはチケットが行き渡らず入手難易度が上がる側面もあり、テイラー・スウィフトの事例では応募殺到でサイトがダウンする混乱も起きました。とはいえ、従来の先着販売では救えなかった真のファンに優先枠を与える施策として注目されています。
・ブロックチェーンチケットとNFT特典: 北米を中心に、一部の興行ではNFT(非代替性トークン、主に暗号資産で有名な技術)を用いたデジタルチケットが試験導入されています。例えばスポーツ専門の新興企業「Sports Illustrated Tickets」は、全てのチケットをブロックチェーン上でNFTとして発行するプラットフォームを構築し、約200のイベントで採用されています。ファンは通常の電子チケットと同様に扱えますが、裏ではブロックチェーンに記録されているため転売履歴の追跡や偽造防止が容易になります。またこの技術を活かし、デジタル版チケット半券にハイライト映像や限定オファーを紐づけ、イベント後にもスマホ内のチケットNFTから思い出を振り返ったり特典コンテンツを楽しめるサービスも登場しています。紙の半券収集ができなくなるデジタル時代に、新たなファンサービスの拡張として期待されています。
・プレイリスト連動&アルバム連動企画: 欧米の音楽マーケティングでは、音源ストリーミングと連携した集客が積極的です。コールドプレイなどはツアー前にSpotify上でセットリスト予想のプレイリストを公開し、フォロワーに先行コードを送る施策を行いました(日本では未展開)。またテイラー・スウィフトはアルバム発売に合わせた購入者限定抽選招待ライブを開催するなど、音源購入や事前の楽曲予習がチケット取得チャンスと結び付くキャンペーンを実施しています。日本でもCD購入者向けのイベント抽選(いわゆる「シリアル応募」)は一般的ですが、グローバルな音楽プラットフォームと連携した施策は今後の展開が期待される分野です。
結論:ファン視点で進化するチケット販売
各地域の知見を活かして: アメリカ、ヨーロッパ、日本のチケット販売の違いをファン体験の観点から見てきました。即時購入か抽選か、デジタルか紙か、転売を許容するか禁止するか、価格を固定するか需要で変動させるか――これらの違いは文化や市場環境の違いを反映しています。同時に世界的に共通するトレンドとして挙げられるのは、テクノロジーを駆使してファンの不満を減らし、より良い体験を提供しようという方向性です。各国、各社はユーザー目線の改良を重視しています。日本も海外の事例を参考に、自国の良さである公平性や熱心なファンコミュニティを活かした形で進化していくことでしょう。パストラーレのいつでも発券は、チケット販売の仕組みは単なる取引ではなくファンとイベントを繋ぐ体験の一部と考えております。「ファンの方々に喜んでもらうには何が最適か」を追い求め、国内外問わず、良い事例を取り入れて発信していきたいと考えております。
この記事を書いた人
株式会社パストラーレ 「いつでも発券(チケット販売) 」「いつでも貸館(施設予約)」「いつでも学習(講座運営)」など、公共文化施設向けのクラウドサービスを提供。全国の地方自治体やイベント主催者への継続的なリサーチを行い、すべてのユーザーが恩恵を受けられるよう、システム全体のアップグレードを重ねています。お客様とともに、サービスも企業も進化し続けることを信条としています。
